モンゴル・ウランバートル3日め ― ― 2007年08月10日
翌朝10時にピックアップされる。今日はテレンジという景勝地につれていってくれる。昨日は一人50ドル。今日は一人75ドルだ。ガイドは昨日のD君と、運転手さんは別なミーガさん。ミーガさんは年上なので、モンゴル語ではミーガアハーというそうだ。
ホテルで両替しようと思って、英語で言ったら、なんとドルが全部ないとのこと。旅行社に行って、日本円で19000円を払う。おつりとして10000トゥグルクが戻ってきた。旅行会社のベンツはウランバートルの市内を、東に向かって進んでいく。本当にステップの草原がずっと続く。町のはずれにはゲル地区というのがあって、ウランバートルにやってきた人たちが、ゲルでそのまま住んでいるとのこと。
右側には鉄道が併走する。ディーゼルで引いている客車のもよう。ウランバートル市内のチェックポイントのようなところを通過する。遅い車はどんどん抜いていく。途中下りのワインディングになる。今までずっと舗装道路だったのに、ワインドしているところだけ砂利の未舗装。何でなのかナー?と尋ねたら、冬は砂利のほうがブレーキングアクションがよいらしい。だから、カーブのところこそ砂利のままにしてあるとのころ。なるほど。日本とは逆の発想。昔、志賀高原の奥にある秋山郷の林道、砂利のところでブレーキ踏んだら、車輪がロックして滑って怖い思いをしたことがあります。
最初は亀岩というところにくる。日本にもそんな岩はたくさんあるだろうけれども本当に巨大な亀岩だった。おもしろい。上ってみることにした。結構急な斜面で私のリーガルのローファー靴だと結構滑ります。ここでふと、保険に登山はしません、というところにチェックをしたのを思いだし、わらってしまう。
結局上のほうに、すんごい細い、人が一人通れるくらいの、岩と岩の間があるだけ。みんな小便しているだけ。そこから、次にお昼。ゲストハウスみたいなところでガイドのD君とドライバーのミーガさんと家内とで4人で食べる。
通常、海外で旅行に行くと、ガイドとは別に食べることになっていて、ドライバーと食べたのはオーストラリアでしかない。お昼はスープ、肉、パンといった簡単なもの。お野菜もあるが、ピクルス状になっている。野菜といったら、生野菜ではなくピクルス。まあ、腹に入ったらどうせ同じだから関係ない。ゲストハウスの便所の水がとっても冷たかった。
ここでテーブルの四人でロシア語談義になる。ドライバーのミーガさんはロシアに行商にいかれていたのと、第一外国語がロシア語だった世代なので、ロシア語が流暢。またD君も中学校くらいまではロシア語をやっていたようで、みんなでげらげら笑いながら知っているフレーズを話してみる。楽しい。
次にゲル訪問。ちょっと中央アジアっぽい顔のおばさんに入れてもらう。外国人がゲルに入ることで現金収入を得る。モンゴル人の生活にいろいろと変化がある、というのをどなたかのホームページでみたことがある。
ゲルは南側に入り口があるよ、とミーガさんが教えてくれる。ユーク(ロシア語で南)?といってみるとうん、とうなずいてくれた。馬乳酒を飲んでみる。お酒というからお酒の味がするのかと思ったらかなり酸味が強いヨーグルトだった。50ccも飲んでいないと思う。D君とミーガさんはゴクゴク飲んでいるが、私にはそこまでは無理だった。将来的には克服しようとは思う。
馬の乳でつくったお菓子のようなものもいただく。固いのと柔らかいのがあって、もぐもぐという感じ。甘さも感じる。
次に乗馬体験。途中で馬に乗っているひとたちはヘルメットをかぶっている。通常日本で乗馬をやるんだったら、落ちるときやそういう安全面のレクチャーがあってからやるのだろうけれどもいきなり、「もう乗るの?」という感じ。
馬がどうやったら止まるか、とか手綱をどうするか、などは後で走りながら聞いた。馬、パカランパカランの一歩手前までスピードを出した。ガイドのD君は、難なく馬乗りをこなす。さすがだ。基本的には手綱を引くと止まるようだ。少し左側にやればひだりに舵が切れるし、右側にやれば右に切れていく。もしスピードをゆるめる必要があるときは、足を締めるそうだ。
20分くらい走ったと思う。およそ5キロ見当である。見晴らしのよいところでユータウン。穴から突然タルバガン(ウサギ、リスみたいな小動物 結構かわいい)が出てくると馬はびっくりしてしまうので、そういうところは避けているそうだ。戻って一息。馬の後ろを通らないように、と注意を受けた。とばされてしまうとのこと。ゲルには衛星テレビを受信できるような巨大なアンテナがあった。かなり旧式ではあるがメルセデスもあった。
私がトロリーバスに興味を示すと、ガイドのD君、こんなにぼろいのに。。。と言っていました。ただ、市内を電気で走ると環境に良い、と説明して納得してくれました。
ここは韓国系。裏にあるスーパーが目当て。このスーパーにあるエスカレータがモンゴルで初めてのものらしい。両替所もありました。 を裏からみたところ。セルベ川という小川があります。何故か馬がつながれ
ていました。モンゴル人のおじさんは、よくシャツをまくってお腹を出しています。まねして歩いてみたら、車の中から私の顔を見て「あらあらお腹出しているワ」と言っているみたいでした。
少し早めに戻ることに。途中で、景色がきれいなところに連れて行って、といったらミーガさんが、空軍基地のところで止まってくれた。これがステップか。ただ、私はコロラドでかつて同じような景色をみているので、それとの比較をしていた。またウランバートルに戻る。チンギスハーンホテルの裏にショッピングセンターがあるので、連れていってもらった。ここにあるエスカレータがモンゴルで一番最初のものらしい。
韓国系とのことで、おいてあるものは韓国製が多い。ここではビール7本くらい購入した。D君、「そんなに飲むんですか?」「(千葉) はい。」
ホテルに戻ってから、もう一度おそるおそるチンギスハーンホテルに歩いていく。小さいパナソニックのデジカメだけ持っていく。ガイドブックにはすごい危険とかかれていたが、そんなに危険でもなさそう。気をつけていれば。ホテルで2本くらいビールを飲んだので結構回っている。
チンギスハーンホテルの2階にある韓国料理店に入ってみる。ビビンパプ2つと、サンラーメン、ビールを頼んで3000円弱だった。味はまあまあといった感じ。コクがあまりないかも。日本の食べ物にはそもそもコクというものがあるようだ。それがウリなのかもしれない。
食事中に、うるさい日本人のおじさんが入ってきた。ミス日本の審査委員をやっていたとのこと、話がまる聞こえで感じがよくない。モンゴル人の学生2人をおごっているようだ。ただ、アバンティーのように聞き耳を立てていると、HISでモンゴルのツアーがあること、そしてあと3年以内にJLかNHがウランバートルまで直行便を飛ばす、と言っていた。感じは悪いがなるほどと思った。
さて、ハーンホテルのうしろをセルベ川という小さな川が流れている。それにかかる人渡橋をわたるとショートカットできる。大学の寮みたいなところを通って行く。暗くなると危ないかなーという感じのところ。カドっこにカラオケやさんとパブみたいなところがある。その後は歩道をひたすらあるく。バス停の前には小さな商店があり、いろいろ売っている。ホテルに到着。今夜はホテルのビジネスセンターでインターネット経由でメールを書く。そんでもって寝る。
結構車の通りが多い。それほど危険ではない。 ウランバートルホテル前は売春で有名らしい。私も女の人が一人部屋に入るのをみた。ただし、秩序が別に乱れている訳ではなく、古いソ連の作りというだけで、特段問題はない。前からはミクロというヒュンダイかKIAのデリカみたいなバスが出ている。女の人がたくさん乗っているので売春婦かと思ったら、そうでもない。かけ声も聞こえる。私には「シージャスシージャス」と聞こえるが、何と言っているのだろうか。
ビジネスセンターのおばさんに、英語で尋ねてみた。あれがミクロというバスらしい。男の人は白タクみたいにして、ふつうの車に手を挙げると止まってくれる。ただ、女の人はそうはいかないので、しょうがないからミクロみたいな商売が出てくるのだと思う。それにしてもなぜ三菱のデリカではなく、韓国車なのか。わかった。デリカでは逆側にスライドドアがあって危ないからだ。
ホテルで両替しようと思って、英語で言ったら、なんとドルが全部ないとのこと。旅行社に行って、日本円で19000円を払う。おつりとして10000トゥグルクが戻ってきた。旅行会社のベンツはウランバートルの市内を、東に向かって進んでいく。本当にステップの草原がずっと続く。町のはずれにはゲル地区というのがあって、ウランバートルにやってきた人たちが、ゲルでそのまま住んでいるとのこと。
右側には鉄道が併走する。ディーゼルで引いている客車のもよう。ウランバートル市内のチェックポイントのようなところを通過する。遅い車はどんどん抜いていく。途中下りのワインディングになる。今までずっと舗装道路だったのに、ワインドしているところだけ砂利の未舗装。何でなのかナー?と尋ねたら、冬は砂利のほうがブレーキングアクションがよいらしい。だから、カーブのところこそ砂利のままにしてあるとのころ。なるほど。日本とは逆の発想。昔、志賀高原の奥にある秋山郷の林道、砂利のところでブレーキ踏んだら、車輪がロックして滑って怖い思いをしたことがあります。
最初は亀岩というところにくる。日本にもそんな岩はたくさんあるだろうけれども本当に巨大な亀岩だった。おもしろい。上ってみることにした。結構急な斜面で私のリーガルのローファー靴だと結構滑ります。ここでふと、保険に登山はしません、というところにチェックをしたのを思いだし、わらってしまう。
結局上のほうに、すんごい細い、人が一人通れるくらいの、岩と岩の間があるだけ。みんな小便しているだけ。そこから、次にお昼。ゲストハウスみたいなところでガイドのD君とドライバーのミーガさんと家内とで4人で食べる。
通常、海外で旅行に行くと、ガイドとは別に食べることになっていて、ドライバーと食べたのはオーストラリアでしかない。お昼はスープ、肉、パンといった簡単なもの。お野菜もあるが、ピクルス状になっている。野菜といったら、生野菜ではなくピクルス。まあ、腹に入ったらどうせ同じだから関係ない。ゲストハウスの便所の水がとっても冷たかった。
ここでテーブルの四人でロシア語談義になる。ドライバーのミーガさんはロシアに行商にいかれていたのと、第一外国語がロシア語だった世代なので、ロシア語が流暢。またD君も中学校くらいまではロシア語をやっていたようで、みんなでげらげら笑いながら知っているフレーズを話してみる。楽しい。
次にゲル訪問。ちょっと中央アジアっぽい顔のおばさんに入れてもらう。外国人がゲルに入ることで現金収入を得る。モンゴル人の生活にいろいろと変化がある、というのをどなたかのホームページでみたことがある。
ゲルは南側に入り口があるよ、とミーガさんが教えてくれる。ユーク(ロシア語で南)?といってみるとうん、とうなずいてくれた。馬乳酒を飲んでみる。お酒というからお酒の味がするのかと思ったらかなり酸味が強いヨーグルトだった。50ccも飲んでいないと思う。D君とミーガさんはゴクゴク飲んでいるが、私にはそこまでは無理だった。将来的には克服しようとは思う。
馬の乳でつくったお菓子のようなものもいただく。固いのと柔らかいのがあって、もぐもぐという感じ。甘さも感じる。
次に乗馬体験。途中で馬に乗っているひとたちはヘルメットをかぶっている。通常日本で乗馬をやるんだったら、落ちるときやそういう安全面のレクチャーがあってからやるのだろうけれどもいきなり、「もう乗るの?」という感じ。
馬がどうやったら止まるか、とか手綱をどうするか、などは後で走りながら聞いた。馬、パカランパカランの一歩手前までスピードを出した。ガイドのD君は、難なく馬乗りをこなす。さすがだ。基本的には手綱を引くと止まるようだ。少し左側にやればひだりに舵が切れるし、右側にやれば右に切れていく。もしスピードをゆるめる必要があるときは、足を締めるそうだ。
20分くらい走ったと思う。およそ5キロ見当である。見晴らしのよいところでユータウン。穴から突然タルバガン(ウサギ、リスみたいな小動物 結構かわいい)が出てくると馬はびっくりしてしまうので、そういうところは避けているそうだ。戻って一息。馬の後ろを通らないように、と注意を受けた。とばされてしまうとのこと。ゲルには衛星テレビを受信できるような巨大なアンテナがあった。かなり旧式ではあるがメルセデスもあった。
私がトロリーバスに興味を示すと、ガイドのD君、こんなにぼろいのに。。。と言っていました。ただ、市内を電気で走ると環境に良い、と説明して納得してくれました。
ここは韓国系。裏にあるスーパーが目当て。このスーパーにあるエスカレータがモンゴルで初めてのものらしい。両替所もありました。 を裏からみたところ。セルベ川という小川があります。何故か馬がつながれ
ていました。モンゴル人のおじさんは、よくシャツをまくってお腹を出しています。まねして歩いてみたら、車の中から私の顔を見て「あらあらお腹出しているワ」と言っているみたいでした。
少し早めに戻ることに。途中で、景色がきれいなところに連れて行って、といったらミーガさんが、空軍基地のところで止まってくれた。これがステップか。ただ、私はコロラドでかつて同じような景色をみているので、それとの比較をしていた。またウランバートルに戻る。チンギスハーンホテルの裏にショッピングセンターがあるので、連れていってもらった。ここにあるエスカレータがモンゴルで一番最初のものらしい。
韓国系とのことで、おいてあるものは韓国製が多い。ここではビール7本くらい購入した。D君、「そんなに飲むんですか?」「(千葉) はい。」
ホテルに戻ってから、もう一度おそるおそるチンギスハーンホテルに歩いていく。小さいパナソニックのデジカメだけ持っていく。ガイドブックにはすごい危険とかかれていたが、そんなに危険でもなさそう。気をつけていれば。ホテルで2本くらいビールを飲んだので結構回っている。
チンギスハーンホテルの2階にある韓国料理店に入ってみる。ビビンパプ2つと、サンラーメン、ビールを頼んで3000円弱だった。味はまあまあといった感じ。コクがあまりないかも。日本の食べ物にはそもそもコクというものがあるようだ。それがウリなのかもしれない。
食事中に、うるさい日本人のおじさんが入ってきた。ミス日本の審査委員をやっていたとのこと、話がまる聞こえで感じがよくない。モンゴル人の学生2人をおごっているようだ。ただ、アバンティーのように聞き耳を立てていると、HISでモンゴルのツアーがあること、そしてあと3年以内にJLかNHがウランバートルまで直行便を飛ばす、と言っていた。感じは悪いがなるほどと思った。
さて、ハーンホテルのうしろをセルベ川という小さな川が流れている。それにかかる人渡橋をわたるとショートカットできる。大学の寮みたいなところを通って行く。暗くなると危ないかなーという感じのところ。カドっこにカラオケやさんとパブみたいなところがある。その後は歩道をひたすらあるく。バス停の前には小さな商店があり、いろいろ売っている。ホテルに到着。今夜はホテルのビジネスセンターでインターネット経由でメールを書く。そんでもって寝る。
結構車の通りが多い。それほど危険ではない。 ウランバートルホテル前は売春で有名らしい。私も女の人が一人部屋に入るのをみた。ただし、秩序が別に乱れている訳ではなく、古いソ連の作りというだけで、特段問題はない。前からはミクロというヒュンダイかKIAのデリカみたいなバスが出ている。女の人がたくさん乗っているので売春婦かと思ったら、そうでもない。かけ声も聞こえる。私には「シージャスシージャス」と聞こえるが、何と言っているのだろうか。
ビジネスセンターのおばさんに、英語で尋ねてみた。あれがミクロというバスらしい。男の人は白タクみたいにして、ふつうの車に手を挙げると止まってくれる。ただ、女の人はそうはいかないので、しょうがないからミクロみたいな商売が出てくるのだと思う。それにしてもなぜ三菱のデリカではなく、韓国車なのか。わかった。デリカでは逆側にスライドドアがあって危ないからだ。
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